『出られないふたり』の舞台

The Place

『出られないふたり』の舞台


アイルランドの救貧院, photo©️ELICAMIWA

レディ・グレゴリーは、アイルランドの西にあるゴールウェイ県で生まれ、育ち、結婚してから亡くなるまでずっとその地を愛しました。

今回上演する2本の戯曲のうち、『出られないふたり The Workhouse Ward』の舞台となった場所をご紹介しましょう。
↓ 
アイルランド西側にあるゴールウェイ県とクレア県にまたがるエリアです。レディ・グレゴリーの住まいはちょうど境目にありました。今は大きな公園になっています。(どれほどの大金持ち?!)

アイルランドはとても緑豊かな土地です。が、クレア県の北部(ゴールウェイ県と接しているあたり)は、非常に硬い岩盤層でできていて、その上にあった土壌は氷河が全部持っていってしまったとのことで、とにかく岩しかないところです。

↓ クレア県のバレン地帯。

photo©️ELICAMIWA

ここでは、岩を砕いて土壌を作るところから農業が始まります。過酷・・・。

が、ゴールウェイ県に一歩入ると、牛が草を喰む柔らかな緑。

中央にあるのは古いお城。石積みの塀もこの地方の農家の特徴です。photo©️ELICAMIWA

『出られないふたり』の農地は、そうしたゴールウェイ県の緑豊かなスケハナ村にありました。

アイルランドは至る所に中世からの古城が残っていて(なんとハリウッドスタアが買って別荘にしていたりするらしい)もう御伽話の世界にいるような錯覚に襲われます。

この写真は、スケハナ村から一歩出た道路から撮影したもの。

photo©️ELICAMIWA

お芝居に登場する2人の家は、ちょうどこの写真のように、間に大きな木を一本置いて、並んで立っていたようです。

photo©️ELICAMIWA


私(三輪えり花)が調査旅行中に撮影したこの家はかなり豊かなようですから、お芝居の中のふたりが住んでいたのは、もっと小さく、おそらく、これを1階建てにして、窓の数をふたつに減らしたサイズの家だったのではないでしょうか。
屋根が茅葺になっている点にご注目。なんだか日本の農家を想わせますね。
ただし壁は、石造り。そしてアイルランドの大地を覆っている石灰で真っ白に塗られます。

ところで、ふたりのキャラクターは、こんな豊かな土地で農業をやっていたのに、芝居の中では救貧院にいます。

救貧院とは、アイルランドがまだイギリスの支配下に置かれていた頃、ロンドンのイギリス政府が「貧しい者を税金で救うという立派な法律を作ってやったぞ」と得意満面に提示したものです。

当時、農民は、地主から土地を借りて、あがりを地主に納める、小作農として暮らしていました。土地が痩せていたり、作物のできが悪いと、上がりを地主に納めることができず、土地を追い出されてしまうのですね。そうした人の受け入れ先として、救貧院がありました。救貧院は仕事を提供し、入居者は住まいと食べ物を保障されるというわけです。すばらしいですね。が、実態は、理想とは程遠いものでした。救貧院の実情に関してはまたいつか別記事でお伝えします。

『出られないふたり』のキャラクターたちは、このように、土地を追われて救貧院に入らざるを得なかった人たちです。アイルランド中に、こうした人々が溢れ、救貧院はいたるところにできました。レディ・グレゴリーがこのお芝居をダブリンの国立劇場(レディ・グレゴリーが自分で設立)で上演したときもまだアイルランドはイギリスの支配下にあり、救貧院は存在していたのです。ですから、当時の観客たちにとっては、この話はとても身近だったのですね。身近だったが故に、だと思いますが、レディ・グレゴリーはことさら悲惨にせず、その中で人生を受け入れて生きている人々の物語を描きました。

photo©️ELICAMIWA


劇中で言及される、ターロク。ターロクとは、季節性の湖のこと。雨が降る季節(秋冬と春先)に出現し、天気の良い季節(初夏から夏)には消えてしまう不思議な湖で、ゴールウェイ県とクレア県の至る所にあります。この写真は10月初旬のものですが、雨が続いた後なので、木々がもう水に沈み始めているのがわかりますね。

この記事はいかがでしたか?辛く苦しい状況の真っ只中にいるキャラクターたちの、その力強さと明るい前向きな生き方をぜひ劇場で体験していただければと思います。演じる俳優たちのコメディ・センスが楽しくて、稽古場はすでに笑いの渦です。

written by 三輪えり花(英語圏部会 副部会長&運営委員長。演出家・俳優・翻訳家)

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